『最後のジェダイ』レイとポーが初対面だった理由


『スター・ウォーズ / 最後のジェダイ』のラストシーンにて、レイとポーが会話を交わす場面があり、ふたりが直接対面したのはそのときが初めてだったことが分かります。

しかし実は『フォースの覚醒』の小説版によると、ふたりはすでに前作のラストに出会っている描写があり、これは『最後のジェダイ』の内容と矛盾しているようにみえます。そのため前作のノベライズを読んだことのあるファンは、このことが気になったかもしれません。

この点に関して、ルーカスフィルムのストーリーグループのメンバーでもあるパブロ・ヒダルゴは、次のように説明しています。

パブロ・ヒダルゴの回答

©Disney / Lucasfilm

Q. ポーとレイが会ったのは2度目のはずだが。

ふたりの出会いは『フォースの覚醒』ではカットされた。これは小説では登場したのだが、そもそも小説は今回のように削除された内容を収録していることがある。

だからこそ「小説はカノンなのか」と質問を受けるとき、私はいつも「少し微妙だ」と答えている。その理由として、小説は映画が出来上がる前に書かれていて、作者は映画を見ていないからだ。

Q. 混乱を避けるため、『最後のジェダイ』での対面シーンをカットすることはできなかったのか?あるいは会話の内容を変更して、ふたりの出会いは今回が初めてではないことを示唆するようにするとかは?

今回のことによる混乱の程度は非常に少なかった。リードキャラクターをスクリーン上で対面させることとのトレードオフで、その価値はあったと思われる。

パブロ・ヒダルゴは他にもノベライズに関して、以下のように発言しています。

小説を読んだ数千人のために、数百万もの人が映画館で見た内容を否定する必要があるのか?(あるいは小説を読んで、なおかつ今回のことを問題にとらえている数十名の人たち)

映画のノベライゼーションという性質を考慮しよう。

小説の完成は映画より前に終わる。また小説に付加価値を与えるために、ボツになった要素を含むこともある。

つまり「小説の一部の内容は、たまに映画と矛盾することがある」ということのようです。スター・ウォーズは映画以外にも、アニメ/コミック/ゲーム/小説/関連書籍など多数のコンテンツがあるため、全く矛盾のない内容を作り上げることの難しさは理解できます。

やはりスター・ウォーズにとって映画がバイブルであり、もしなにか矛盾するようなストーリー上の問題が起きた場合は、”映画の内容で上書きされる”という捉え方をしたほうがいいのかもしれませんね。

ちなみに『最後のジェダイ』ビジュアル・ディクショナリーはパブロ・ヒダルゴ自身によって執筆されているのですが、私個人としては「あれ?これ映画とは少し違うぞ」と思った箇所が一部にありました(笑)

例えばジェダイの聖典は、映画によるとオクトーのフォースツリーの内部にずっと保管されていたようなのですが、ビジュアルディクショナリーによると「ルークが銀河の旅の中で発見、回収したもの」と表現されています。

©Disney / Lucasfilm

まあオクトーにやって来たのもルークにとっては旅ともいえるわけなので、これは矛盾というよりも少しニュアンスが違うなーという程度なのですが。個人的にはこのようなことが起きた場合、映画の内容あるいは最新情報で頭の中を上書きするようにしています。

Source: imgur


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