『フォースの覚醒』のハンとベン

映画『フォースの覚醒』(TFA)から、スターキラー基地のハンとベンのシーンを振り返る。

その前に簡単におさらいを。ふたりの間ではこのようなやり取りがあった。




ハン「スノークはお前の力を利用しているだけだ。欲しいものを手に入れたら、後はもう用済みだ」

ベンがたじろぐ。心のどこかで父の正しさに気付いていた。

ハン「お前もそれが分かるだろ」

ベン「もう手遅れだ」

ハン「いいや違う。俺と一緒に来い。うちに帰ろう」

ベンの目に涙が浮かぶ。「もうボロボロなんだ」声が震えている。「こんな苦しみもう終わりにしたい」

ベン「やるべきことは分かってる。だけどそれができるかどうか分からない」

父に救いを求めていた。マスクを放り捨てる。ライトセーバーに手を伸ばし、それを父に差し出す。

一瞬、雪解けにみえたのもつかの間、上空では光は消え、辺りは暗闇に包まれる。ベンの顔を邪悪な赤い明かりが照らし出す。ベンはライトセーバーを起動すると、そのまま父の胸を一突きした。痛みかはたまた驚きなのか、ハンの顔が歪む。ベンはさらに力を込めて押し出す。

ベン「ありがとう」

苦しみを完全に断ち切るためにあえて犯した罪だった。しかし皮肉にも、ベンの苦悩の旅の新たな幕開けとなってしまうのだ。

ソロ親子

あのときのハンはスターウォーズの歴史においても最もジェダイらしいおこないだったといえる。悪党のハンはそんなことを言われても嬉しくないだろうが。そしてさすがはハリソン・フォード、迫力も抜群だった。

映画全体を通して一貫してヴィランを演じていたカイロ・レンだが、あの場面だけは瞬時にして息子ベンの姿に戻る。誰にも知られたくない、心の奥にしまわれた感情。父の前だけでみせた特別な顔だ。

あのシーンには全てが詰まっていた。父と子の間にある張り詰めた緊張感、むき出しの怒りと心の叫び、愛情と優しさ、本音と弱さ、溢れ出る純粋な感情。

『フォースの覚醒』とはレイの始まりを意味するものだが、ベンの苦しみの旅路もあそこからスタートしたのだ。

アダム・ドライバーはTFAのときのインタビューで、カイロ・レンの心の弱さと葛藤について語っている。映画冒頭にて颯爽と現れ、大胆なことをしでかした新ヴィランだが、マスクの下には苦しみもがく生身の青年がいるのだ、と。カイロが被る仮面はその弱さを隠すためのものだ。邪悪な敵を演じるための装置。それで敵も味方もあざむくのだ。

いわばアダム・ドライバーは一人二役のようなものだ。仮面を被った恐ろしい敵カイロ・レンと、それを外したときに現れる不安定な青年。全く別のふたつの顔が存在する奇妙な敵だ。なんとも器用なことをやってのけたものだと感心する。

当然、これらの出来事のクライマックスが『スカイウォーカーの夜明け』のあのシーンだ。J.J.エイブラムス監督もTFAを書いていた時点では、まさか三作目に再び出番が来るとは思ってなかっただろう。それでもデススターでの親子の対面は、まるで最初から筋書きが決まっていたかのような美しさがあった。

©Lucasfilm Ltd.

ハンとベンのソロ親子。このふたりが一緒にいるシーンは短かったとはいえ、終わってみればシークエル三部作の中でも抜群の存在感を残した。KK社長も故キャリー・フィッシャーも「スターウォーズは家族の物語」としきりに話していたが、今回の“親子”はこちらのほうだろう。

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