『最後のジェダイ』ルークのあのシーン、青のライトセーバーで正しかったと思えてきた

『スカイウォーカーの夜明け』の公開まで残り40日を切った今、ここでいったん『最後のジェダイ』のあのシーンについて改めて考えたい。

というのも、公開当時は「なんで緑じゃないの?」というのが率直な感想だったのだけど、今振り返ると青で正しかったと思えてきたからだ。

この記事では思いつくままに色々書いていくことにする。

話の本題に入る前に、ライアン・ジョンソン監督も映画公開後に一応このシーンについて解説をおこなっており、そのことを補足しておきます。

そのときの記事が以下です。

『最後のジェダイ』ルークのライトセーバーがブルーだった理由、監督による解説

要するに「カイロ・レンの弱点である怒りを刺激する」ことが監督の意図なのだが、自分の中ではしっくりこない部分があり、どうもこれだけではないなーという気持ちがあった。この機会に少し考えをまとめようと思う。

負の記憶

まず、ファンが期待していたグリーンのライトセーバーだけど、あれにはルークの負の記憶が宿っていたことを忘れてはいけない。自分の弟子で、しかも甥でもあったベンにライトセーバーを向けたという後悔と恥の念があのセーバーには残っていた。

レイが指摘した通り、間接的にではあるがルークにはカイロ・レンを作り出してしまった責任がある。ルークは自分を罰するかのようにジェダイの始まりの地に独り身を隠し、そこで朽ち果てようとしていた。これについては『フォースの覚醒』でハンも同じ説明をしている。

しかし映画の出来事を経て、最後のクレイトではルークは自身の最大の過ちともいえるベンと再び向き合うことを決めた。その場面でルークの手にあったのがスカイウォーカーのレガシーセーバーだ。この意味はルークにとって大きかったに違いない。

ルークの冒険が開始したときに初めて手にしたのもこのライトセーバーだし、仲間を救うために修行を投げ出しベスピンに駆け付け、父親の真実を知ったとき、そこにあったのもこのレガシーセーバーだった。

ベスピンとクレイトのルークはまさに時を超えて重なるシーンだ。このようにみると、その手に同じライトセーバーがあったことにも繋がりが見えてくる。

©Lucasfilm

これは削除シーンの「レッスン3」とも関連してくるように思える。ケアテイカーの村が襲撃されているのに、ルークは助けるつもりが一切ないという場面だ。

ルークは自分をジェダイの教義にとらわれた”古い抜け殻”と切り捨て、レイに「今のレジスタンスが必要なのはお前のような人間だ」と諭した。ルークがこの島に来た意味と、その意志がいかに固いかを示している。この時点では、レイアから受けた使命をまっとうするのはほとんど不可能に近いことが分かる。

ところがだ、最終的にルークはクレイトに姿を現した。この裏にはそれだけ大きな心境の変化があったのだ。

もはやジェダイの教義を言い訳にして誰かを見捨てることはなく、カイロ・レンを前に「自分は最後のジェダイではない」と言い放ち、自身を犠牲にして新たな世代に希望を繋ごうとした。

オクトーの“ジェダイの木”が燃えてなくなるシーンはまさにそれを象徴している。

ルークを縛り付けていた古いジェダイのしきたり。自分を罰するまでに追い込んだ後悔と心の傷。

ジェダイの木が燃え去って、ようやく過去の呪縛から解き放たれたのだ。そして物事はもっとシンプルになり、本当に大事なものに気付かされる。

©Lucasfilm

それにしても、冒頭で放り投げたライトセーバーを最後の一世一代の大舞台で選んだというのが痛快だね。映画序盤でレイアのホログラムに心を動かされ、後に妹を救うためにフォースプロジェクションで現れるという対比も見事だ。なかなかエスプリが効いてる。

ベンのリデンプション

もうひとつ重要なのがリデンプションの視点だ。

映画の公開が近づき、カイロ・レンのリデンプションが現実化した今、自分の中でクレイトのシーンをもう少し客観的に見れるようになった。

『スカイウォーカーの夜明け』ではカイロ・レンのリデンプションを目撃するのは間違いない。ついにベン・ソロが帰還するのだ。この視点でみると、クレイトでルークが戦わなかったことの重要性が見えてくる。

ベンの身にいったい何が起きるのか、その結末はまだ分からない。ベンの生存をもって三部作が完結するのか、はたまた祖父と同じようにラストシーンではフォースゴーストとして主人公たちを見守るのか、それはまだ誰にも分からない。

いずれにせよ三部作を将来振り返ったとき、もしあの場面でルークとベンが斬り合っていたとなると、『スカイウォーカーの夜明け』のエンディングが少し後味が悪いものになる。

フォースゴーストが立ち並ぶエンディングをイメージしてほしいのだけど、少なくとも『最後のジェダイ』でみたような暴力に頼らずカイロ・レンを手玉に取ったあのやり方のほうが、EP9のラストシーンにスマートに繋がる気がする。

あのクレイトの決闘には、道を踏み外した弟子と、その事実を受け止めそれでもなお見捨てなかった師、というふたりの構図があった。これはファンにとっても救いのように思える。

©Lucasfilm

ルークは紆余曲折を経て、最後にレイと出会った。レガシーを次に伝えるべき者にめぐり合えた。ヨーダの助けを借りてその重要さにようやく気付いたのだ。

そのときルークに残された使命は、過去の最大の過ち(ベン)と向き合うこと。そして、希望を示し、次の世代(レイとレジスタンス)にトーチを繋ぐことだ。

これはレイアとの会話にも重なる。息子を失ったことを嘆くレイアに対して、

「誰もいなくなってはいない」

とルークは返した。

この言葉は将来のベンの帰還を示唆している。

ルークは最後までベンを見捨てはしなかった。ジェダイ・マスターとしての責務などもはや頭から消え去り、あの瞬間だけはひとりの人間としてベンと向き合ったのだ。

©Lucasfilm

一度、三部作を俯瞰してみてほしい。あの場面でルークがスカイウォーカーのレガシーセーバーを選択した意味の大きさに気付くはず。

思い返せば、今回の三部作ではスカイウォーカーのライトセーバーが重要な場面にて必ず登場している。スカイウォーカーサーガの幕引きにあたり、続三部作では一貫してスカイウォーカーのライトセーバーがフィーチャーされてきたのだ。

ここで『最後のジェダイ』のテーマに立ち返りたい。エピソード8が伝えようとしたものは「過去を葬る」とは全く真逆であり、むしろ過去のレガシーを引き継ぐというのがメッセージだった。

このようにみれば、青と赤のコントラストという映像面での統一性だけではなく、ストーリー上の一貫性にも気付くことができる。

3 thoughts to “『最後のジェダイ』ルークのあのシーン、青のライトセーバーで正しかったと思えてきた”

  1. ルークの最期はオビ=ワンとヨーダ、二人の師匠が彼の中で生きていることをシンボリックに表現していたとも思います。

    クレイトの決闘はレジスタンスを逃すための陽動作戦であり、希望を守り抜いたオビ=ワンの最期を想起させました。

    戦わずして勝つ。
    これが本来のジェダイの姿。
    攻撃ではなく防御。
    ダゴバでの修行で師ヨーダに指導されたこと。

    結果、ベンに未熟さを自覚させ、完膚なきまでに彼の暗黒面に染まった慢心を打ち砕いてみせた。同時に、決して見捨てはしないとのメッセージを突き刺す。
    そして、力を使い果たし、穏やかな表情を浮かべ、ジェダイ最古の寺院でフォースとひとつになる。
    新世代の架け橋となって。

    最後に伝説のセーバーを持つことで、一つの輪が閉じる。

    1. 色々言いたいこと言ってくれてすっきりしました。

      「戦わずして勝つ」良い言葉ですね。まさにこれこそジェダイの真髄。ホントに同感です。

      たしかにデススターのオビ=ワンとも重なりますね。

      「お前に倒されても、私はさらに強くなる」

      その言葉の通り、オビ=ワンはさらなる高みに昇華していき、一方のベイダーは何が起きたのか飲み込めず、まんまとしてやられてしまった。

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